お侍様 小劇場

   “おかえりなさい”  “声を聞かせて”後日談 U (お侍 番外編 55)
 


 ちょっと前までは、六月に入ると各地域毎に“梅雨入り宣言”なるものが発表されておりまして。総雨量がどのくらいを越したらとか、何時間連続で雨が降り続けたらとかいう“数値規定”があるじゃなし。太平洋上の生暖かい湿気の北上と、春の名残りの寒気団の鬩ぎ合いから生じた前線を挟み、数日ほど雨天が続いていてそのまま回復しそうにない気圧配置みたいだなぁと判断されたところで“よし、じゃあ発表しよう”とされてた代物だったとか。つまりは、あくまでも人の感覚で決定されてたものだったそうです。だのに(だから?)、発表した途端にからりと晴れたり、空梅雨で終わったりした年なんかもあったりするわけで。何してんの気象庁という苦言が多かったので…かどうかは定かじゃないですが、近年では正式に“宣言”をするのは辞めになったらしいです。気象予報士の方々の“梅雨入り”に関するお言いようをよ〜く聞いててくださると判ります。断言する人は稀ですから。いたとしたら、某都知事の息子さんあたりくらいじゃなかろうかと。
(おいおい)
 ※…と書いてたら、気象庁が西日本の梅雨入りを発表なさったそうで。(06.09.)
  但しこれはあくまでも“発表”だそうで、宣言はやはりしなくなってるそうです。

 新緑あふれる庭先は、あるじのないまま半月ほどが経過していたが、だからといって繁茂に任せての荒れることもなく。代理の青年のちょっぴりおぼつかない手で、それでもきちんと世話がなされており。夏になると決まってフェンスに這わせてた、ノウゼンカヅラの枝の先、オレンジの蕾が幾つも幾つもふくらんでいるのへと気がついて。本来の主の髪色と同じ色合い、金絲の冠を戴いたような髪をした青年が、ふっと小さく微笑って見せる。ああ、何てこまやかな機微を育まれておいでかと、木曽の実家から来ていた乳母が釣られたように微笑んだものの、
「…坊っちゃま?」
 その蕾へ向けて殺虫剤を構えたのへは、さすがにハッとする。慌ててその手を止めさせようとしたものの、ちと距離があっての間に合いそうになかったところ、

 「久蔵くん、蜜にアリがたかっているくらいは放っておいていいのです。」
 「?(ホント?)」

 お隣りの親切な整備工さんが、生け垣越しに手を延べていて、それはお辞めなさいと制して下さっている模様。花の汁を吸って病をもたらすアブラムシを飼い始めていたら問題ですが、これは花そのものの蜜が目当てらしいから大丈夫。やたらと殺虫剤なんて撒いたら、花の方が弱ってしまいますよ?と。童顔でおいでの穏健そうな笑顔でもって、仔細を丁寧に語って説く彼へ、
「…。(承知)」
 忝
(かたじけ)ないと こくこく頷く久蔵の懐きようと、手際のいい いなしようへ、何とか胸を撫で下ろしつつ、
“こんないい人がお隣りにお住まいで本当によかった。”
 他でも随分と助けていただいてと、あらためての感謝をする乳母さんだったりするのだが。…そうか、他でも何かやらかしかけた久蔵坊っちゃんだったのか。
(う〜ん) ツツジも終わって次はと、アジサイが陽あたりのいいところから順番に、蕾を育てての色づき始めており。四季折々の花々を順番に楽しめるようにという配慮が為されたお庭は、雑草を抜いたり水やりを欠かさないという程度のお世話でも、ちゃんと次のお花が健やかに萌え始めている辺り、

 “まるで久蔵くんと同じですよね。”

 やさしく手を尽くしてくれる、大好きなあるじが帰って来るまでは。お世話がなくともちゃんといい子にしているんだものと、小さき者が健気にも頑張っているかのようで。とはいえ、久蔵の方は…アジサイやらカヅラのような“小さき者”でもないような。何せ、先日催された剣道の全国高校選手権大会・東京都予選では、またしても優勝を飾っており。しかもしかも、通常の試合だと3本中の2本を先取するか、制限時間内に1本を先にとっていた方が勝ちというのがルールなのだが、(※高校選手権でも同じルールなのかなぁ?)
“1本も取られずという最速連勝記録をまたまた延ばしたそうですし。”
 幼いころずっとお側にいたのですよとの自己紹介を受けた乳母さんが、だのに、さっきのようにチロッと口元ほころばせる様を目撃しては“あらあら”と殊の外喜んでおいでなところを見るにつけ。この白皙の美青年は、幼い頃から既に表情が乏しい和子だったようで。武芸を極めているからといって、慈愛に無縁な殺伐寂寥とした過ごしようをして来たとも限らぬが、年齢相応なおふざけや、冗談への笑いようさえ知らない彼を見ていると、その凛然とした態度や強さと引き換えに、何かが足りぬのは明らかだなと思わざるを得なくって。

  ―― そんな彼をさんざ甘やかしては含羞ませ、
      和みの微笑みを覚えさせた誰かさんが、
      初めてだろうほど、長の不在という島田家であり。

 大好きな七郎次が早く帰って来ないかなと、その間のお家やお庭を守りつつ、いい子で待ってる久蔵なのには違いなく。それって、

 “…うん、健気には違いないかな?”

 人並み外れた腕っ節と引き換え、甘え方さえよく知らないまま この年齢になってしまった。そんな剣豪少年を、まろやかにくるみ込み、籠絡させてしまえるなんて。何てまあ、大した“人誑
(たら)し”だことという苦笑をこぼすと。いつまでのお留守番なんでしょうかねと、殺虫剤の噴霧をまぬがれた橙色の蕾を眺めつつ、こちらさんもまた 自身の家族のことのよに、あの嫋やかなお姿の君を、案じてしまう平八だったりするのである。





     ◇◇◇



 もしも七郎次本人が聞いていたなら、人誑しだなんて言われようは心外だと、そりゃあもうもう憤慨したに違いない。だって、自分なんかよりもよほどのこと、人を易々と誑す人物を身近に知っている。

 自分が仕える“島田勘兵衛”という男ほど、
 その生まれや立場のせいだとは思えぬほどの自然体で、
 誰も彼もを魅了する存在を知らないから…。

 生まれてすぐにも島田の家を出た母に連れ出され、物心が付くか付かないかという頃にはもう、親戚でもない家で…使用人より下の厄介者扱いをされていた子供。痛い想いをしない日はなく、どんなにいい子でいても叩かれ蹴られ。怪我をしても手当てはされず、痣だらけの身を近所の人に同情の眸で見られては また叱られて。そんな地獄からある日突然救い出され、その日のうちに引き合わされた彼
(か)の人は、雄々しいまでに精悍で。もう既に大学生だった勘兵衛は、それは凛々しく頼もしい青年だっただけに。びくびくと及び腰でいた少年が、眸が眩むほどの憧れで、総身を震わせてしまっても致し方なかろう。親戚なのだ、義兄なのだと言われても、当たり前な続柄感覚なぞ皆無な身には理解も遠く。血縁なのが誇りでこそあれ、仕えるお人という認識しか生まれなくて。

  それが七郎次からの、島田勘兵衛という人物への最初の刷り込み

 旧家宗家の総領息子という育ちでありながら、不思議と傲慢ではなく。自らは多くを語らずとも、どこか奥行きの深い豊かな人性をして、善くも悪くも接した人々を難なく惹きつけ魅了してしまう。自分をいかようにも装う術に長けてもいるが、それは…それこそ、実家とその真の顔を明かす訳にはいかぬという事情から身についたもの。人を欺く何やかやへは周到狡猾な手練れであり、社交もこなすし処世術の駆け引きも心得ていて。だが、それらは彼の素顔なぞでは決してなく、それこそが、彼の真の素顔を包み隠している仮面に過ぎぬ。今時には重すぎて鈍重に見えかねぬほどに逞しくて武骨で頑健な。その、屈強精悍な筋骨による頼もしき肢体や姿が、そのまま…彼の頑迷素朴な本質をも示していると、そうなるようにと育て見守った双親を亡くしてからは、もはや誰が知り得ることか。地域毎に常識や情勢が錯綜している“世界”へその身を躍らせ、唯一の“真実”を見極めねばならぬ立場のお人。だからこそ、様々な事態や思惑に翻弄されぬようにと、冷静さで染め上げた警戒や慎重さという頑健な鎧を必要とし。自身こそが“絶対な存在”であるがため、誰にも頼れぬ孤高の人。皆から頼られ、求められていつつ、されど、彼の側からは誰へも依存や安らぎを求めてはならぬも同然の。絶対の孤独に身をおかねばならぬ人なのだと、どうしてこれまで、気づかずにいたのだろうか……。



 そろそろ昼下がりが夕刻へと移り変わろうかという頃合い。家の前の通りへと車が走り込んで来た走行音がして。それでなくとも家並みの外れにあたろう場所だけに、いざ待ち兼ねた人らの到着だと勇み立ち、それまでをそわそわと落ち着きなくいたリビングから、凄まじい勢いで飛び出していた久蔵だったのへは。お隣りのキッチンで待機していた乳母さんも、思わずの苦笑に頬を緩めてしまったほど。

 「…シチっ。」

 天気はいいが そのせいでだろ、夏を思わせるほど蒸し暑い、温気の垂れ込める表へと飛び出せば。果たしてそこには1台のタクシーが停まっており。後部座席から、まずはこの家の主人である壮年殿が姿を現したのだが、

 「…相変わらずよの。」

 自分とだって久方ぶりの再会だのに、久蔵の眸には入っていないことが明らかすぎるとの苦笑を見せる勘兵衛で。厳密に言うと、ハッとしたような瞠目を示した彼だったことから、微かな感情が感じ取れはしたのだが。多少はやつれて痩せもしたこと、もはやいたわられるのは飽きたのか、それは敢えて受け流すことにしたいらしくて。

 「ほれ、七郎次。久蔵がお待ち兼ねだ。」
 「何を仰せか。////////」

 そのように揶揄するものじゃあありませんと、窘めるような声がして。支払いを済ませ、勘兵衛の手荷物なのだろ小ぶりのボストンバッグを手に、続いて降り立ったお人の姿へこそ。ようやっとの安堵と…つのりにつのった我慢の堰を、今ようやく切ってもいいのだと、堪
(こら)えが利かずに口元たわませてしまうほど、強く感じ入る久蔵だったりし。寡欲で我慢づよい次男坊へ、そんな風に思わせてしまうほどの彼こそは、
「…しち。」
 走り去る車の立てた音にあっさりと紛れたほど、強ばった小声さえきちんと拾ってくれて、

 「はい、ただ今帰りました。」

 半月前にも見たそれと、なんら変わらぬ まろやかな笑顔で応じて。駆け寄って来た義弟の痩躯、何の抵抗もないままその懐ろで受け止めた彼だったのは、もはや当然の応対であったらしく。成程、そんなハグも似合いの きらびやかな見た目をした二人ではあったが、
“このお二人ほど、純然たる日本人なお人もないんですのにね。”
 片やは木曽山中の古風な武家にて、老いた祖父母に育てられた青年だし、もう片やもそういう家風を基本にした育ちを遜色なくその身へ染ませた、そりゃあ礼儀正しいお人だのにと。遅ればせながら表へ出て来た乳母さんが感慨深げに見とれてしまう。色々と不自由をさせてしまいましたねと、きゅうとしゃにむにしがみつく弟へ、よしよしと話しかける様子の何と優しげなことか。そして…不自由はなかったけれど寂しかったのと、言いたいけど言えない彼の真意を。それもまたちゃんと判っておいでなのだろ、懐ろの広さやら理解の深さやらを感じさせるよな、ゆったりと構えた宥めようが、そんな二人を眺めやる衆目へも柔らかな暖かさをおすそ分け…していたものの。

 「こら久蔵。あとは家に上がってからでもよかろう。」

 いつまで路上での立ちん坊を続けさせるかと、わざとらしくも邪魔だてするよな声をかけて来た勘兵衛へ、

 「〜〜〜。////」

 不服半分、我に返ってのバツが悪そうな羞恥が半分というお顔を向けると。それでも…不承不承ながら、七郎次の手からバッグを取り上げ、先に立って玄関へと戻る次男坊であり。いかにも子供じみた態度だったのへ、あらまあとの破顔を見せている乳母さんへは、
「ツタさんですね。留守の間をお世話になりました。」
 七郎次があらためての挨拶を告げる。木曽のお屋敷の守こそが使命の彼女だというに、突然こんな遠出をさせられの、慣れない一般家庭での家事を任されのと、大変だったことでしょうとねぎらえば、
「いいえ。こちらのキッチンほど使いやすかったお城はありません。」
 圧力鍋にせいろに裏ごし器。重曹に金釘に、行平や片口…と。今時の調理器具のあれやこれやをこなせなくともちっとも困らぬ、昔ながらの知恵をこそ生かしやすい小道具の、豊富な品揃えが整ってたキッチンだったのでと。くすすと微笑ったご婦人へ、ありゃりゃ褒められたと通じる七郎次なのもまた、

 “らしいというか、可笑しいというか。”

 台所を褒められて嬉しいという、主婦はだしの反応へ、苦笑が止まらぬ勘兵衛様であったらしい。




    ◇◇◇



 その生死にも関わろうという大変な容体だったところから、何とか生還した惣領殿の、完全完璧な完治までに10日ほどを費やし。それから…問題の案件の総仕上げ。某国まで出向いて、すっかりと油断しまくっていた黒幕らを吊るし上げるという、最後の段を畳み掛けて来たのがつい昨日。本来ならば、それへの詳細も極秘とされ、帰国をもって任務完了…となるまでは、いつ何処に居るなんてことも明かされはしないのだが。最も健闘したことをもって、今回ばかりは例外中の例外と見なされて。戻って来た勘兵衛への、空港までのお出迎えを許された七郎次であったそうで。本当だったら現地までもをついて行きたいほど案じていたらしかったのだけれども、それはさすがに無理なことだと承知し、何とか我慢した古女房。空港のロビーにて、2日を空けての再会果たした、御主の壮健なスーツ姿へは、

 『…。///////』
 『七郎次? 如何した?』

 かっちりとしたスーツの仕立てにも負けてはいない、余裕の着こなしを見せている、頼もしき厚みと上背のある存在感と。背中まで延ばされた深色の蓬髪に、滋味深い表情も豊かな、彫の深い面立ちという…堅気の勤め人にはちと見えない風貌へ。どこぞのアクション俳優か、若しくはスポーツ選手の凱旋ですかという誤解をしてか。ちらちらと視線を寄越す、通りすがりの観光客らの目からさえ、即刻隠してしまいたくなった雄々しき勇姿。ああやっと戻っておいでなんだとの、感慨もひとしおとなったそうで。

 『でも、それって…。』

 どこのモデルかというほどに玲瓏な佇まい。若木のような嫋やかな肢体に、金髪に青い眸のそりゃあ華やかな御面相という、七郎次の側の風貌だって。衆目を集めるのへ加担してたんじゃあなかろうかとは、後日に平八がこそり零していた感慨で。まま、それはともかく。

 「それでは、私はこれで。」
 「え?」

 とりあえずはとリビングへ、皆して落ち着いたと思ったら。手際よくお茶の用意を出してのそのまま、ツタさんがにっこり微笑って辞去の意を示したものだから。いやそんな、ゆっくりして行かれてはと引き留める言葉の消えぬうち、再びの車の停車音がして、ピンポンと軽やかにチャイムが鳴らされたあたりの、さすが島田一族の手配と手並みの見事さよ。

 「…もしかして、ここまでが良親様の采配と?」
 「いえ。お迎えの手配は恐らく、ウチの執事頭ではないかと。」

 高階さんか〜、あのお人も今回はムキになっての周到を心掛けているのかも…と。いや、そこまで口に出しちゃあいませんが。
(苦笑) それはともかく。お迎えが来たのでは引き留める訳にもいかぬ。

 「…ツタ。」
 「どうかご健勝で。」

 今や自分よりも背が高くなってしまったとはいえ、幼い頃から見守って来た坊っちゃまは、抱えて守した乳母さんにしてみれば、いつまでもどこまでもかわいらしい、誇らしい和子以外の何ものでもないのだろう。再びお別れしても絆は切れぬと、晴れ晴れとした笑顔でご挨拶を告げ、そのまま帰ってしまわれる。そこは玄関までを追った久蔵であり、七郎次も続きかけたが、
「よせ。」
「? 勘兵衛様?」
 二の腕 捉まえ、お前はダメだと。咄嗟ながらも即妙な間合いで引き留めた勘兵衛であり。怪訝そうなお顔を向けた七郎次へ、その腕を引いたままソファーへと身を沈め直しつつ、
「恥をかかせて済まぬが、こたびだけは挨拶を忘れた粗忽者でいてもらう。」
 お世話をおかけしましたと、最後にもう一度のお礼を述べるのが筋だろと。そのくらいは判っていて、なのに見送りに行かせなんだのは。

 “………あ。”

 宗家の筋の人間である七郎次がいたのでは、常以上に毅然としてなきゃならぬ乳母さんだったのかも知れないからで。事実、久蔵だけを相手の“それでは”とのご挨拶は、ちょっぴり口ごもってしまったの、うつむきかけての誤魔化した彼女だったそうであり。それへと、慌ててハンカチ探し、どうぞと目元へ差し出した久蔵殿であったらしく。玲瓏透徹、されど情が薄い訳じゃあない。そんな次代様だとのこたびの逸話は、木曽の支家にて語り継がれることでもあろう。そこまでのおまけはともかくとして、

 “勘兵衛様…。”

 彼もまた、情は二の次という価値観を強いられるお立場で。なのに、その素地はこうまでも深みがあって、そりゃあ暖かいお人でもあり。ようやっと手を放して下さったのでと、そのまますぐ間近に立ち尽くす七郎次へ、視線を寄越すと…彼もまた そのままじいと静かに見やるのが、

 「…ずるくないですか、それ。//////」

 何も言わずとも、傍らへおいでという合図になってしまうの指して。いつもいつもこちらばかりを根負けさせるのが狡いと、綺麗な眉を顰めさせ、ついつい詰
(なじ)った七郎次だったが、

 「何の。通用するズボラを許したお主も悪い。」

 同じ目元を今度はたわめ、屈託なく笑うのがまた、口惜しいほどにこの胸をくすぐる。してやられたという悔しさと、それから…他でもない彼からの“特別”を分け合う優越感と。特に後者を誤魔化すようにし、しょうがないなと言わんばかりの粗い動作で、それでもお隣りへと寄ってゆけば、

 「…そう怒るな。この特別だけは譲れぬのだ。」
 「〜っ。//////」

 低められた響きのいいお声が、それはやすやすととどめを差した。もうもう、このお人は。ご自分の他愛ない言動ががどれほどのこと、この小心者を舞い上がらせるかを御存知ないのか。自分などには勿体ない、そんなお人だという自覚もなしにおいでだから。その懐ろへ素直に飛び込むのへも、これほどの歳月がかかったのかも知れず。ああいやいや、こんな言い方はそれこそ不遜かも。

 “でも…。”

 心から欲した者をその手にするまで、それは根気よく、されど攻めはしても責めるでなく。何らかの逃げ場は許しての追い詰め過ぎずにいた、おやさしい人。彼なりに誠実に廉直に、ただただお前だけを欲しいと告げ続けて。もっと他にも策はあったろ、疎まれてもいいと強引に縛ることだって出来たろに。あくまでも素直に、心ごとおくれと待ち続けた根気の人で。

 『何の。老獪と言うのだ、あれは。』

 養い子がそんな憎まれを言うようになるのも明日からの話。奥深くてお優しい、慕ってやまぬ御主様へと寄り添うて、ああこれでこそ我が家だのと、もっともらしく口にする勘兵衛の声へ、そうですねぇと頷きながら。でも、きっと少しずつ何かが変わってゆくのだろうなと。秘かにくすぐったい予感を覚えてもいる、七郎次であったりするのである。








   おまけ


 「お帰りなさい、シチさん。」
 「ただいまです、ヘイさん。」
 「そうそう、お留守の間に色々とお預かりしていたものがありまして。」
 「? 久蔵殿へ渡しといて下さればよかったのに。」
 「いえ、半分はつい昨日にお預かりしたばかりの物ですし。」
 「……え?」
 「何で帰って来る日が判ったんだろ…って思ったでしょ?」
 「う…っ。」
 「簡単ですよ。お留守の間、久蔵くんのお世話をしていたあのご婦人が、
  昨日はやたら枚数の多いお布団を干し出してたからです。」
 「あ、なるほど〜。」
 「これがシチさんファンクラブの方々からの花束とお菓子です。
  あと、千羽鶴の束が5本。入院でもなさってたと勘違いされてたみたいですね。」
 「あ、あはは…。」
 「それと…これは。」
 「何ですか? こんな分厚いファイル。」
 「引っ越さないでという嘆願の署名らしいですよ?」
 「…………はい?」
 「これも各ファンクラブの方々からそれぞれに預かってました。
  確かにお渡ししましたからね?」
 「わあ、すいませんー。////////」


  人気者は大変だぁ…ってか?
(笑)





  〜Fine〜 09.06.08.


  *おかえりなさい編でございましたvv
   これでひと区切りの“島田さんチ”ですが、
   ここからはめくるめく、
   イツフタのラブラブな生活の描写が始まる…とは行かぬのが、
   うっとこの持ち味と言いますか。

   「…無理はさせるな。」
   「これまでだってさせとらん。」
   「お二方…。////////」

   そんな端的なのに、
   何を指してる言い合いか判るやり取りはやめて下さいと。
   そこで真っ赤になるシチさんも悪いと思う人、手を挙げてvv

めるふぉvv メルフォですvv

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